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ちょっとABOUT AddiatorTM(*)

(*) Addiatorは、独逸の、今は無きAddiator社の商標です(でした)。

特別寄稿「ダトル・オブ・Addiator」(ウソ)


あらまし

 日本ではほとんど知られていない計算用具“Addiator”について簡単に紹介する。
 技術的には機械式計算機とは比べるべくもない簡単な計算用具だが、その簡便さにはこんにちの電卓やPDAにつながるものがあり、ディジタルな加減算に特化しているという点で、アナログで乗除算のための計算用具である計算尺(slide rule)と好対照をなしていると言える。

用語について

 本文中では「ソロバン」を、“abacus”の訳として‘たま’を置く計算用具一般を指す広義の意味で、「そろばん」を、日本の珠算に使われるそれを指す狭義の意味で使っています。

 また、「算盤」は、算木を使う計算術(たとえば天元術など)で、下敷きに使う用具である「さんばん」と紛らわしいため、「そろばん」に「算盤」の字を当てることはしません。

はじめに

 こんにちのコンピュータの先祖にあたるものとして、チューリング機械、統計機、アナログ計算機、機械式計算機、暗号機、等々からの影響があることは、(ENIAC神話云々の俗説から離れて)コンピュータの歴史を調べた者にとっては明らかである。
 また、4004が電卓用チップセットの開発に端を発することを考えれば、Palmによって過去にないほど拡大されたPDAという分野は、電卓、マイ-コンピュータおよびパーソナル-コンピュータ、ポケット-コンピュータ、等々に進化・放散したものが洗練・収斂したものと見ることもできよう。
 今後、携帯電話等の発展も含め、どういうかたちになるかはわからないが、コンピュータがよりありふれた存在になること(TRONプロジェクトの究極目標である「超機能分散環境(HFDS)」 や、そのTRONのプロジェクトリーダー、坂村健が「どこでもコンピュータ」と表したXerox PARCの“Ubiquitous Computing”のような)は、確実だと思われる。
 このような観点から見れば、「個人が自由に使える計算用具」は、こんにちのコンピュータの先祖には入ってはいないかもしれないが、未来においては入るのではないだろうか。
 そんなわけで、コンピュータ史(前史)の一部に(未来においては)なるであろう、Addiatorについての簡単な紹介をここに記す。

Addiatorとは

 Addiatorは、1920年前後にドイツで創業したAddiator社による計算用具の商標で、一般にはSlide Adderと呼ばれるタイプの計算用具である。その品質と普及により、商標が一般名詞化している(らしい)。本稿では一般名詞としてのAddiatorと商標としてのAddiatorの双方を適当にちゃんぽんしながら紹介してゆく。

Addiator前史

 Addiatorのような計算用具は、17世紀頃から存在している。特に1890年前後にフランス人J.L.Troncetが作製したArithmographeが良く知られており、Troncetsという単語もまた、一般名詞化しているようである。
 重要な発明である、J の字型は、19世紀中期のKummerによるもの( http://history-computer.com/MechanicalCalculators/19thCentury/Kummer.html による)である。
 本稿では、元同盟国ということでドイツのAddiatorを採った。
(詳しくは、最後に記した参考資料中の X-Number というウェブ頁を参照されたし)

原理と構造

 機械式計算機が、繰り上がりの処理を自動化するために非常に微妙( 99999999..... という状態からいっぺんに全桁繰り上げるのは無理なので、少しずつずれながらジャーーーッと繰り上がる。これが難しく、パスカル以来の機械式計算機の歴史はこの問題とともにある。博物館かどこかの実物でやってみるとわかりますが)な機構を必要としているのに対し、Addiatorには繰り上がりの機構が全く無い。しかし、ソロバンとは異なり、確実に繰り上がりを処理できる仕掛けになっている(もちろん連続する繰り上がりは面倒だが)のである。以下、Addiatorの仕掛けを説明する。

 Addiatorは、棒状のスライダと、のぞき窓および操作のための溝状の穴が開いたカバー、操作用のスタイラスから成る。スタイラスを溝に入れスライダのへりに刻まれているラックの歯にひっかけて、上下にスライドさせて加算・減算ができる。カバーの溝の脇には、目盛りとしての数字が印刷してあり、例えば3の印刷があるところから端まで動かせば、3を足すことになる。のぞき窓からはスライダに印刷してある数字が見える。
 さて、問題の繰り上がりの処理について考える。円環構造になっている機械式計算機とちがい、Addiatorは上下の移動幅に限界がある。たとえば4に8を足そうとしても、最後まで動かすことができないようになっている。
 Addiatorの溝が、Jの字のような形をしているのが、繰り上がり処理の「ミソ」である。たとえば4に8を足す場合、いつもの足す操作(下に引く)とは逆に、上に引いていって、そして曲がりの部分を通ってひとつ上のケタのスライダを動かすのである。つまり、8を足すには2引いて10を足せばよい、というのが、Jの字のかたちで単純かつ見事に実現されている、と言える。
 (9になっている桁に繰り上がりがあってもいいように(逆に0から繰り下がりがあってもいいように)上下一つだけは余計に動くようになっていて、その状態ではオーバフローを警告する表示が出るので、手作業でいわゆる「リプル・キャリー」の処理をする)
 なお、繰り上がりの必要性についても特に考える必要はなく、スライダに色分けがしてあって、色がついている部分にスタイラスを入れた場合は繰り上がりあり、でよい、というふうになっている。

Addiatorあれこれ

 前節では、減算について説明しなかったが、減算についての仕掛けもいろいろとある。
 本家Addiatorでは、表裏をひっくりかえすことで、加算と全く同じ操作で減算ができるようになっている(Addiatorの新機軸で、特許はこれについて取ったらしい)。また、同じ側の面に減算のための溝も付けてあるものもある。それでなくても縦長なのがさらに長くなるのだが、同様に長い計算用具である計算尺と組み合わせたものなどがある。
 他に、機構上、任意の進法の計算に対応させるのが簡単であるのも特徴である。例えば英国では1971年まで、12ペンス=1シリング,20シリング=1ポンドという通貨単位が使われていたわけだが、このような不規則な進法に対応したAddiatorも作られている。また、コンピュータ屋のために、8進や16進のモデルもあり、それぞれOCTADATとHEXADATというモデル名が付けられている。
 改良の試みとして、チェーン状にしたり、繰り上がり機構が考えられたりもしたようだが、あまりうまくいったものはないようである。

 最後に、Addiator社のロゴマークを紹介して本節のシメとしたい。数字の0と1を掲げた人の模様で、スライダの形状を意匠化したものにも見える(刃物のヘンケルのマークに似てるような... ドイツ人はやはり「ぷよぷよ」のヒューマンモードが好きなのか? (違))。

Addiator just fade away ... just fade away

注: マッカーサーは有名な「老兵は死なず、去りゆくのみ」の放送の時に、セリフのうち、「去りゆくのみ」の部分を繰り返したという話がある(有沢 誠「プログラミング・レクリエーション(2)」)

英語でゴメンナサイ

 さて、このように数々の特徴を持ったAddiatorも、他の計算用具や計算機とともに、♪答一発... の電卓によって駆逐されていったようである。Addiator社も1970年代の半ばに社を畳んだ、とのことである(英語版ウィキペディアはこのタイプの器具の販売終了は1982年としている)。
 日本では、そろばんの普及と利用者の熟練のために、ほとんど使われることは無かったようで(実際、操作の面倒さを考えれば、速度では絶対にそろばんにはかなわないはずである。参考文献の「ソロカル」等を参照)、ほとんど知られていない。内山昭氏の「計算機歴史物語」にも全くAddiatorに関する記述は無い。(しかし、同氏のコレクションには含まれており、現在東京理科大学にある博物館の展示で見ることができる)

http://moy.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-8f45.html によると、東芝の創業者のひとりでもある藤岡市助氏が使用していたものが科博の企画「日本を明るくした男たち」で展示されていたとの由)

おわりに

 計算用具“Addiator”について、いろいろと紹介した。手軽な計算用具として、特に、一般に難しく考えられる繰上りを簡単なアイディアで解決してしまっている点など、未来のコンピュータのUIなどとからめて考えてみると面白いと思われる。

参考資料

http://parametron.blogspot.jp/2011/03/blog-post_18.html 和田先生による、ほぼ同様の機構の計算用具の紹介

http://history-computer.com/MechanicalCalculators/19thCentury/Kummer.html
本文中でも示したが、重要な発明であるJの字型の溝を発明したKummerについて。最近(2011年頃?)詳しいことがわかったらしく、ドレスデン生まれで、晩年もドレスデンで過ごした音楽家が、サンクトペテルブルグに住んでいた時代に発明したもので、米国特許もドイツ語名を英語風にしたもので同一人による出願だろうとの由。

英独仏ウィキペディア

http://www.addiator.de/
Addiatorについて非常に詳しいサイト。写真イメージ多数。ドイツ語多数。独英翻訳は結構高精度なので使うべし。っていうか私もだいぶお世話になった。

http://www.addiator.de/bild-addiator-zeichen-alt-w-die.gif
本稿中で使用したAddiator社ロゴマーク

http://www.xnumber.com/xnumber/vintage.htm
CalculatorサイトX-Numberの、Vintage Calculatorsの頁。

http://www.xnumber.com/xnumber/mechanical2.htm
X-Numberにある機械式計算機の歴史の頁。Slide Adderの歴史について、最も網羅していると思われる。

http://www.xnumber.com/xnumber/pictr_kummer.htm
X-Numberの、Kummerの器具の頁。

http://www.vintagecalculators.com/
古い計算機についてのサイト。あらゆる計算機について押さえている。

http://www.vintagecalculators.com/html/addiator.html
Addiatorの表と裏の画像がある。

http://www.dentaku-museum.com/calc/calc/1-sharp/6-sorocal/sorocal.html
「ソロカル」について紹介している頁。SHARPが出したそろばん付き電卓。加減算はそろばんのほうが早くて確実、というわけで需要があったという何よりの証拠と言える。

・計算機歴史物語
内山昭 著・岩波新書 黄233
計算用具と機械式計算機について詳しい。特に日本に関する考察は貴重である。